創価学会元職員3名のブログへの応答blog

追撃の手を緩めるな by 戸田先生

創価学会元職員3名はさておき、核廃絶について考察する

もはや倫理とか道徳とかへったくれもないほど

人間が餓鬼畜生化している。

人間主義の教育がいかに大事かということだ。

餓鬼畜生となった人間は

何をしてもバチがあるとも思わない故に傲慢大胆な狂気行動に出る。

教育されて来なかったゆえに

バチがあるということをしらないからである。

例えば

核攻撃せよとか平気で言う輩。

もうそんなこと言ってる時点で

バチまみれになっていると想像できる。

誰か、そういう人間が近くにいたら

よくよく観察してみるとよい。

必ずバチまみれの生活を送っているはずだ。

人間に生まれながら餓鬼畜生道へ堕ちる姿は可哀想のひとことである。

そもそも第六天を

弄ぶような行為がそう簡単に五体満足に平静でいさせてくれるわけがない。

その輩は

きっと心臓を第六天の手で握り締められているような

状況のはずである。

第六天を玩ぶと

誰かが五臓六腑を握り締め上げている

そういう感覚になっていることだろう。

とくに

五臓六腑に含まれていない

第六臓とも言うべき

膵臓

ガンの王様が好きな部位であり

第六天を舐めていると

そこが攻められる可能性がある。

核戦争とは

全人類絶滅を意味する。

それだけの殺生は

どれほどのバチがあるか

計算してみるとよい。

小学生ぐらいの算数でできる。

倫理とか道徳とか仏罰は

算数が基本である。

教育改革がいかに大事か、

バチがあることさえも教える術のなくなった教育は

もうすぐ崩壊するだろう。

学費が高騰して

教育費インフレになっている学校は崩壊の兆候があるのだ。

既存の科学の視点から見たら

バチの科学なんてあり得るのか?などという声が聞こえてきそうだ。

もはや時代についていけなくなったが故に学費ハイパーインフレ寸前になっているのだ。

人工知能ニューラルネットワークでバチの重みが計算できるようになる。

そんなことも理解できず

核兵器廃絶とか

殺生とか

バチの算数も教えられなくなった教育は

淘汰されていくしかないだろう。