創価学会元職員3名のブログへの応答blog

追撃の手を緩めるな by 戸田先生

創価学会元職員3名はさておき、日蓮曼荼羅について考察する

天慶2年

旧暦12月15日(ユリウス暦949年1月26日) -

平将門上野国衙を倒し国府の印と府庫の鍵を掠奪し上野・下野を制圧。八幡大菩薩のお告げで「新皇」と称する

wikipediaに書かれているが

これで

御本尊の

八幡大菩薩

向かって左に認められている理由が

大月天王が

左にあるのと

同じ意味構造に帰するものであったということが分かる。

大聖人のイメージした

大月天王は

平将門である。

反対側の

天照大神

大日天王と

つながる

ひとつのイメージであることは言うまでもない。

それは

日光の

東照

徳川家康

天下泰平の江戸時代の到来を

大聖人が

見えていたと言うことだ。

もちろんとなりの第六天

戦国時代も

大聖人のイメージ通りだった。

これはただの理証として

私が言っているのではない。

現証として

大震災などの

大災害を

みていけば

全て時が重なり

ピッタリ一致しているという

厳しき因果の理法に

裏付けられているのだ。

好き勝手な

解釈で

掻き回されない

微動だにしない

場所で

私は述べている。

歴史の

大災害の日付をみよ。